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みなケチブログ

皆がケチって教えてくれない本当のことが書いてあるブログ

猫って愛想なくて、ワガママで、ちょっとバカで、最高だぜ

物心ついたころから僕は動物が好きだった。とりわけ猫には縁があり、幼少の頃に猫を拾い、猫を飼い、僕が思春期を終える頃までの長き人生を共にした。彼女は天寿を全うし、もうこの世にはいないのだけれど、今でも時おり僕は彼女との思い出に浸る。

 

彼女はお手とかお座りとか、人の言葉に反応して従うことなんて勿論なかったし、過度に懐く様な猫でもなかった。テレビのコマーシャルに出てくるような賢い猫でもないし、美しい容姿を持っていた訳でもなく、どちらかというと人の都合なんて無視する猫らしいマイペース猫だった。行儀が悪く、壁を引っ掻いてボロボロにするし、障子もたくさん破いた。小さいのに少し太っていて短足で、雑種だから柄だってあべこべで、目はクリっとしていたけれど、変な所からひげが生えてた。

 

家猫だったのに彼女はそんなソフトな生き方を嫌っていたのか、気が付けば自分で網戸を開けてに外へ出て行ってしまった。1階の窓のカギが閉まっていれば、2階のベランダから木を伝い荒野へと飛び出していった。

近所で猫の唸る声が聞こえれば音源は大抵うちの子で、近所の別の猫の飼い主は「小さいのに気が強いのね」ってなことを良く口にしていた。昼間は大抵外に居て、ごはん時に帰ってきてはたらふく食べて昼寝。その後はまた勝手に外出し、白い毛を埃まみれの灰色に汚しては、夕飯時に帰ってきた。

夕暮れ時、窓のカギが空いていれば自分で開けて帰ってくるし、空いてなければ泣き叫んだ。そんな時、窓を開けるのは大抵僕の役割だった。もちろんお礼なんて言われなかった。

 

そういえば、夜中になっても帰ってこないことも稀にあった。

みんなが寝る頃、鍵が閉まっていては彼女が家に入れない。僕の親はカギを閉め「放って置けば大丈夫」なんてことを言っていたけれど、僕は毎回ひどく心配した。

窓を開け大きな声で彼女の名前を呼んでも反応はない。少し離れた所に大きな道路があり、「そんなところまでは行かないだろう」と考えつつも、毎度毎度気が気でなかった。そんな時でも、彼女の名前を呼んでも反応が無い時でも、キャットフードが入った瓶を振り「カランカラン」と乾いた音を鳴らせば、どこからともなく彼女の首についた鈴の音が響き全力疾走で帰って来た。彼女はやっぱりお礼を言わず家に駆け込み、僕はそれを笑顔で迎えた。

主人の声より、食べ物に反応する。そんな奴だった。

 

そんな彼女はもう居ないけれど、僕は今でも猫が好きで、野良猫を見かければアイコンタクトを仕掛け、ツレない態度を取られれば口笛で注意を引く。どいつもこいつも気ままな猫たちばかりだけれど、そんな奴らを愛くるしく思う。ただ、いろんな猫に挨拶を交わしてきたけれど、それでも今でも彼女が一番で、家族なんて言葉で表すことが陳腐に感じるほどに大切に思っている。代わりは居ない。

僕にはまだ子供が居ないのだけれど、いつか僕に子供が出来た時、同じ気持ちが味わえるのかななんて、いい歳を迎えてきた僕は考えている。