みなケチブログ

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Amazonマーケットプレイスにて全裸で1円の本を売った男の叫び

兎も角、僕の本が売れたわけです。1円という価格はいかんせん本の著者を馬鹿にしているとは思いますが、僕にとっては不要なもの。断捨離とまではいかずとも、不要な本を手元に置いておくのは気に入りません。ブックオフに持ち込むことも考えましたが、無料で入手した本を300円で販売したりする彼らの商魂がイマイチ気に入らず、「ブックオフに持っていくぐらいなら捨てる」という強い信念を僕は持ち合わせています。

では捨てろと言われると、かく言う僕も日本人ですから、そこはモッタイナイ精神が働きます。身近にこんなニッチな本の引き取りてもいないとなれば、この本と決別する唯一の手段は、Amazonマーケットプレイスというバーチャルな商売世界を利用するしかないじゃないかと相成ったわけです。

 

こんなことを言うとAmazonでその本を売り始めるのに偉い手を焼いた様に見えたかもしれませんが、いいえ、全くもってそんなことはありませんでした。ものの数分、パソコン操作をしてみれば、あっという間に世界中の人が目にするマーケットに展示されました。あとは運命の買い手を待つのみです。僕の手を焼くことなんて無いと行っても過言ではなかったのです。

出品後、気まぐれに出品用アカウントを覗いてみれば、ライバルたちが我先に売り抜けようと1円きざみでシコシコと価格競争を繰り広げていました。「あぁみっともない庶民たちよ」そんなことを思いながら僕は自分のペースでその本が売れる日を待ちました。数ヶ月が過ぎたころ僕は気が付きました。商売というのは、世に言われる様に待っていて上手く行くほど甘いモノではないということに。モノが売れるまでには幾多の苦労が重なっている、そんなことを強く庶民の彼らから感じたのです。その日から僕は以前は見下していたはずの庶民にまじり、1円でも安く価格を設定するために争い続けました。以前は達観していた貴族気分の僕が、顔を泥まみれにし、服をはだけさせ、膝を擦りむきながら1円を競うという骨肉の争いを繰り広げたのです。それが恥ずかしいだなんて気にせず、ただただ「次に売り抜けるのは僕だ」その一心で世間様に醜態をさらして、庶民の中の勝者を目指してきました。

そんな生活とももうお別れです。昨日、その本の運命の買い手と僕はやっと出会うことができたのです。庶民の勝者となったのです。

出品してから一体どれだけの時間がたったでしょうか。マーケットプレイスの価格競争に巻き込まれ、1円刻みの戦いで醜態をさらし、最終的には1円出品者が僕を含む3名になったところまではハッキリと覚えています。その負の均衡は長く続きました。例えるならそれは、最初はスーツにネクタイそして強気な価格設定で本の販売に臨んでいたはずが、周りを出し抜くためちょっとでも目立とうと醜い争いを繰り広げ、最終的には片手に本を持った全裸のみすぼらしいおっさん3名がマーケットに突っ立ち続け数ヶ月と言っていいでしょう。(一体どれだけの冷たい視線を浴びたことか。)

Amazonからメールが届いた時、僕は一瞬なにが起きたのか理解できませんでした。全裸になってから長い時間が過ぎ、もう誰も僕の本なんて見向きもしないだろう、いや、そんなことを考えることすら出来なくなるほど、すべての感情が無になっていました。最早喜びなんてことではないでしょう。本を売るという当初の目的は達成しましたが、売るために捨てたプライドはもう帰ってきません。探しても見つかりません。せめてもの救いはバーチャルの世界で繰り広げられていたことくらいです。

 

販売価格が1円とはいえ、送料257円も自動的に付与されることは勿論知っていました。258円、大人が喜ぶべき金額ではありません。失ったものの対価がこれでは報われない、更に言えば、残酷なことにAmazon手数料なる場所代173円をも差っ引かれ、手元に残ったのは85円。働けど働けどとはこのことでしょう。

それでも地球は周ります。朝日が昇るのです。そう、僕は買い手様にこの本を送付しなければなりません。信書を送っていいのは郵便局だけという謎の既得権により抹殺されたクロネコメール便に代わり、現在の最安送付手段は日本郵政が取り扱う「ゆうメール」でした。調べてみれば150gまで180円。

85円-180円=-95円  うわっ…私の収入、低すぎ…?

僕はニッチな本片手に全裸となり、感情・プライド色々なものを捨てマイナス95円を手にしました。知らなかったで済まされないのが大人の契約社会。僕はニッチな本とお金を失いました。それでも僕は郵送します。買い手様を裏切らない良心だけが僕の心に残された唯一の財産ですから。  

※この本を売ったわけではありません。