みなケチブログ

皆がケチって教えてくれない本当のことが書いてあるブログ

学校を辞めたい君に

その服が素晴らしいとか、ろくに思ってもいないくせに褒めるロクデナシな人を僕は軽蔑しているんだ。それに気が付いているのか、表出しないのか、それを言って同調してくれそうな同士のなんて少ないことか。社会に出るとこんなストレスは付き物になる。

隣の席の君が僕の気持ちを概ね解っているならば、少しは気休めにもなるんだけど、きっとそうではないんだ。価値観の共有には青春時代の共有が1つのキモになる。

 

人類の一番の不幸は孤独か貧困か、不自由か。

 

いずれにしろ、理解者がいないことの卑屈になる気持ちを考えると、人間の一番の不幸は孤独なのかもしれない。

 

学校を辞めたい君は学校になんて行く必要はない。

ただし、君は働き、税を納める必要がある。正確に言うと、収入を得て税を納める必要がある。親の遺産のマンションを人に貸し、家賃収入を得てもいいし、人と接しない単純作業に一生を捧げコツコツと生きてもいい。君の自由だ。もちろん普通のサラリーマンとして、当たり前の収入を得て、当たり前の納税をしてもいい。学校に行かずとも生きていける。

 

不安にはなると思うよ。人と違うレールを歩くんだ。周りに人はいない。いたとしても大抵は敵だ。

 

君は学校に行かないことを選択して、らくな人生が待っていると思うのならば、思い直すべきだ。今までと違う道があるだけで、楽ではない。普通の人にとってはより厳しい道のりだ。レールから外れるっていうのは厳しい道を選ぶってことだ。楽ではない。ただ、君がもし、どうしても学校に行きたくないのなら行くのをやめていいと思う。人生に絶望してしまうのなら、休むべきだ、道を外れるべきだ。

 

大変だ、前例も少ない、支援者も少ない。

だけど、その分、君に多くの裁量が与えられる。学校では、何を学び、何を仕事にし、どんな奴らを仲間にするかは限られている。レールを外れた君を待つのは宇宙だ。どんな生物がいるかは解らないし、そこには酸素が足りないかもしれない。ただ、君は自由だ。

 

自由という恐怖を楽しむ様になるには、人生の経験値がいる。若者の君にはまだ早いだろう。楽しめる様になるまでは、ただただ恐怖や苦痛や悲しみや孤独が付きまとうだろう。その倦怠期を越えれば人生は素晴らしいものになる。耐えられるならば。君はそれに耐えられるか。

 

学校に行くことを耐えられない奴には耐えられないかもしれない。君は強くならなければならない。学校に行き続けようとも、学校を辞めようとも、君は強くならなければならない。時間は君を強くする。悲しみに暮れることも、喜びに浸る時も、人との繋がりは君を強く、逞しくする。人との繋がりが怖くとも、君には必要な経験だ。人生は素晴らしい。振り返ってそんな気持ちになるために、学校に行くか行かないかは重要ではない。そんなの関係ねえ。ただ、君は素晴らしい仲間に出会う必要がある。めげずに鍛錬に励んでほしい。はいおっぱぴー。