みなケチブログ

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1泊2日がお勧めなスパリゾートハワイアンズでフラガールを観てきた

スパリゾートハワイアンズに1泊旅行に行って来ました

関東近県にお住まいの方ならば、スパリゾートハワイアンズのことを耳にしたことのある方も多いのではないでしょうか。しかし、実際に行った人となるとかなり限られることでしょう。なんせ遠い。

福島県いわき市常磐藤原町という東京駅から車で約3時間という絶妙な遠さにあり、その他の観光地が集約しているとも言い難い地域な為、「容易に行くことが出来ない」というのが、多くの方の心境なのでしょう。

 

首都圏主要駅から出る無料送迎バスについて

無料送迎バス「ハワイアンズエクスプレス」(ご宿泊者専用)|スパリゾートハワイアンズ

 

スパリゾートハワイアンズでは、施設内宿泊施設の宿泊客に対し、首都圏主要駅(東京、新宿、さいたま新都心、横浜、立川、渋谷、千葉、池袋、西船橋、松戸、北千住)から無料の送迎バスであるハワイアンズエクスプレスを運行しています。(要予約)

東京駅からの交通費の参考

  • 電車の場合:往復 12,340円
  • マイカーの場合:往復 約10,000円
  • 送迎バスの場合:無料

自分で運転しないってことは何より楽だし、運転を気にせずお酒も飲める(バス内は禁酒)ということです。しかもホテル前の玄関まで送迎してくれるという太っ腹なサービスです。首都圏在住で日帰りには遠い距離の方は、この送迎バスを利用するために1泊宿泊を選択するのも全然ありだと思います。というか、交通費が浮くので日帰りも一泊も費用は変わりませんし、日帰りだと運転役の人は逆に疲れちゃいますから絶対宿泊プランですよ。

 

スパリゾートハワイアンズ施設内宿泊施設について

スパリゾートハワイアンズには、それぞれが若干テーマを変えた3つの宿泊施設があります。

施設のホームページから紹介文を引用

モノリスタワー

丘の上にそびえ立つモノリスが、新しく生まれるホテルの姿です。コンセプトは「ハワイアン&スパ」。それは単なるハワイ風ではない、ハワイアンズ流という、先進のネオ・ジャパネスク・リゾートです。

ホテルハワイアンズ

スパリゾートハワイアンズに連絡通路でアクセスできる大型ホテル。和室を中心に、和洋室、シングルルームと全305室のスタンダードタイプの部屋では、ゆったりおくつろぎいただけます。

ウィルポート

地中海のリゾート地、リビエラをコンセプトにしたリゾートホテル。ホワイトを基調とした館内は、天窓から太陽の光が降り注ぐ明るいアトリウムを中心に、船をモチーフとしたキャビンと呼ばれる客室が左右に並びます。 

 僕は、これらのうち最も口コミの内容が合いそうなモノリスタワーに宿泊しました。従って、その他の施設の詳細は解りませんが各施設ともに外観は綺麗そうでしたし、口コミ評価も良い内容が多かったです。どこに宿泊しても後悔はなさそうな気がします。

 

モノリスタワーについて

僕は数ある部屋の種類うち、ハワイアンジャパネスクルームという一番ランクの低い和室付きの部屋を選びました。朝食・夕食・2日分スパリゾートハワイアンズ入場券付きで18,000円くらい。もちろん上述のとおりバス代は無料なので、1泊2日の旅行が交通費込みと考えれば、かなりリーズナブルなのではないでしょうか。

 

玄関ロビー

玄関ロビーには、ロビー中央に聳え立つバニヤンツリーの巨木があったり、ソフトバンクPepper君が居て子どもたちの良い遊び相手になっていたり、ミネラルウォーターに果物などを入れた「フレーバーウォーター」が常備されていたりと、チェックインまでの空き時間を使いバス移動で疲れた体を癒やすことができました。

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人をダメにするソファーが多数設置されています

 

客室(ハワイアンジャパネスクルーム)

僕の宿泊したハワイアンジャパネスクルームは一番安い部屋ですが、こんな感じに広々していてとても綺麗です。子ども連れの方も和室が併設されているので、ゆったりと過ごせるでしょう。その他の部屋も種類が豊富で、様々な年代や家族構成に対応できる作りとなっています。ホームページから自分に合う部屋を探してみましょう。(お部屋のご案内|スパリゾートハワイアンズ

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部屋からの眺め 

窓からは絶景が。と言いたいところですが、ハワイ感は皆無のTHE日本の田舎風景です。施設内を楽しみましょう。

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この枯れた感じがたまりません

 

ディナー(モノリスタワーのフレンチポリネシアンビュッフェ)

モノリスタワーのディナーはハワイ料理を中心とした様々な料理のバイキング形式となっています。美味しいと聞いていましたが味はイマイチ。。肉類が僕には少し固くて油っこく感じました。あと、庶民には少しお酒が高い(生ビール800円とか。。)。

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大浴場について

モノリスタワーの1階にある大浴場は露天風呂あり、サウナあり。居心地良いところでした。僕は、午後3時に出発する帰りのバスの前にひとっ風呂浴びてから帰ったのですが、運良くその時間帯は空いていて広い露天風呂が貸切でした。

 

スパリゾートハワイアンズのメイン施設について

肝心のスパリゾートハワイアンズのメイン施設は、ウォーターパーク、スプリングパーク、スパガーデンパレオ、江戸情話与市の4種類の施設に分かれています。(別料金の施設は除きます)。暖房が効いていて、プールの水もぬる目になっていて、夏以外でも屋内でハワイを味わえるというコンセプトは非常に面白いと思います。

 

ウォーターパーク 

小さめの流れるプールと普通のプール、子供用プール、3種類のウォータースライダー等があります。大人が行ってプール遊びを楽しめるってことは無いかと思いますが、浮き輪に浮かんでのんびり過ごしてる分にはありではないかなと思います。

一番高いところからのウォータースライダー(ワンダーブラック)は楽しかったですよ。繁忙期を避けて行ったのでほぼ並ばずにできたのも良かったです。

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スプリングパーク

温泉プールやミストサウナなんかがありますね。こちらはどちらかというと大人向け、浸かりながらのんびりしてました。まずまずですね。

 

江戸情話与市

後述しますが、当日はかなり寒かったので僕はスパリゾートハワイアンズまで来てここの温泉でかなりの時間を過ごしました。サウナもあり、割りと広めの露天風呂のある江戸情話与市はかなりおすすめ。ここにある蕎麦屋もかなり美味しかったです。

 

スパリゾートハワイアンズは常夏か

僕は3月に行きましたが、2日のうち天候の悪い1日は寒くて泳ぐ気にはなれませんでした。ウォータパークにいても、スプリングパークにいても寒すぎてダメだったので、江戸情話与市で多くの時間を過ごしました。

光熱費の採算問題があるのでしょうが、ハワイをテーマに掲げているなら絶対にあってはならないことだと思います。多くの方のレビューにも出ているにも関わらず、改善していない様で、そこは残念。

あと、大人だけで行くならプールに過度な期待をしては行けません。あくまで、のんびりしに行くための施設と考えた方がいいと思います。一方、宿泊して送迎バスで行けば、パパも運転係にならずに済みますし、子ども連れの方にはかなりおすすめですね。

 

フラガール・ショーについて

個人的には、この施設一番の見所は、プロのフラガールたちによるダンスショーだと思います。ダンスショーは昼の部と夜の部に別れていてそれぞれコンセプトが異なる様ですが、どちらかを見るのなら夜の部「ポリネシアン・グランドステージ」が断然お勧めです。特に、僕のオススメする一泊バスツアーで行くのならば絶対に夜の部で見ることをお勧めします。ファイアーダンスもそうですが、妖艶な照明の下みるダンスは明るく楽しく、神秘的なものでもあり感動しますよ。

 

フラガール・ショーの席予約は絶対取った方がいい

ちなみにこのショーには予約席が用意されています(3月ですら結構混雑してました)。自由席でも楽しむことは出来ると思いますが、それほど高くもないので折角なら予約席を取っておくことをお勧めします。飲み物半額券(普通に買うと高いんです)がついていて、実価格は本当に幾らでもないですから。

ちなみに僕は、一番良席のSS席(1,200円 1階前列 1~5列目)を取りました。ダンスショーのあと、フラガールと記念撮影もできる席なので正解でした。

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お子さんを連れて行くと、一緒に踊ろうみたいな感じのイベントもあって、一生の思い出になるでしょう(席種は問いません)。

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スパリゾートハワイアンズに行く前に、映画「フラガール」 を絶対見ること

かつては炭鉱夫の街であったこの地域にスパリゾートハワイアンズが創設された際の、村をあげての奮闘を描いた物語を蒼井優主演(出演:松雪泰子豊川悦司ほか)により映画化されたのが映画「フラガール」です。必ず事前に鑑賞してから行きましょう。観てから行けば楽しさ本当に2倍です。(ステマじゃないですよ。映画単体としても自信を持ちオススメできる名作です。)

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映画撮影で使われた衣装や台本などが展示されています

フラガール(スマイルBEST) [DVD]

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まとめ

もちろんディズニーと比較してスパリゾートハワイアンズが上とは言いません。他に優れた施設も沢山あるでしょう。ただ、送迎バスの存在を加味すれば非常にコスパは高いと思いますし、映画「フラガール」を見たら本物のフラガール・ショーが見たくなることでしょう。それを見に行くだけでも十分に元が取れるというほど、ショーのクオリティーは高く、プロフェッショナルの魂を感じられる素敵なショーでした。

 

スパリゾートハワイアンズの良い所
  • 首都圏主要駅から無料送迎バスあり。運転不要かつリーズナブル
  • 従業員は親切で感じが良い。宿泊施設の質がまずまず高い
  • 小さな子供はプールを、お年寄りは温泉を、幅広い年齢層が楽しめる
  • 江戸情話与市(温泉・蕎麦屋)のレベルが高い
  • ウォータースライダー(ワンダーブラック)が面白い
  • なによりもフラガールショーが素晴らしい

 

スパリゾートハワイアンズのダメな所
  • 天候が悪いと施設内にも関わらず寒い時がある(全くハワイじゃ無いレベル)
  • 観光施設とはいえとてつもなく物価が高い。気持ちが萎えました(売店で売ってる生ビール800円、自販機の缶ビール350mlが500円くらい、ポテチが300円など、全てが通常の2~3倍価格です。部屋で飲食するお酒やお菓子は絶対に持ち込みましょう。近隣にコンビニなどはありません)
  • 行楽日(GWやお盆)などは混雑がひどそう 。3月でもガラガラではなく程よい混雑具合でした

若者に「努力は報われるの?」と聞かれたら僕は何と答えるだろう

10代前半の少年に「努力をすれば報われるか」と真剣に聞かれたのならば、僕は「努力は報われる」と答えるだろう。40代の中年男性に同じことを聞かれたのならば、僕は「解らない」と答えるかもしれない。

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上記の短いセンテンスの中には、何気ない質問により揺さぶられる僕の心理が投影されていて、それに対する答えにも僕の苦い過去や経験が影響を与えている。言葉にするのは難しく、仮に伝わらなかったら頭のおかしい、下手くそな文章とかしてしまうけれど、面白いことなので可能な限り表現してみようと思う。

 

まず、努力をしたからといって成功するとは限らないということは今更言うまでもないと思う。ならば、なぜ10代前半の少年の問いに僕は「報われないこともある」ではなく、「報われる」と答えるのか。

これまた使い古された言葉であるが、まず若さには無限の可能性がある。それに人が成功するためには努力をすることが必須であるから、少年に努力を促す意図もある。

それらに加え様々な経験を経た僕の考えていることとして、努力した人にとっての成功は努力を経ていくうちにひとつでは無くなるという考えがある。

 

例えば、サッカー選手になりたいと努力をした人がサッカー選手になれなかったら、厳密に言えばそれは「真の成功」では無い。しかし、僕はその目標に向け真剣に努力した人間には、その人の才能に相応しいポジションがいつの間にやら天から与えられるものだと考えている。例えば、スポーツトレーナーだったりサッカー記者だったり。ひょっとしたら全く別の仕事かもしれない。

選手にはなれなかったかもしれないけれど真剣に努力した人のことは誰かが必ず見ていて、その誰かがいつか手を差し伸べてくれる。いわば「準成功」と言える様なポジションへと導かれていく。人生とはそういうものなんだと僕は思う。

 

だから僕は、10代前半の少年に「努力をすれば報われるか」と聞かれたら、「努力は報われる」と答える。とにかく我武者羅に努力すべきだと答える。直接的なもので無いにしろ、必ずその努力をした経験は糧になり報われるのだ。

 

一方、40代の中年男性に「努力をすれば報われるか」と聞かれたのならば、僕は「解らない」と答える。それは、努力をするのに歳を取り過ぎているからではない。

40歳からサッカー選手になることは不可能に近いかもしれない。ただ僕は、道は狭まれど歳を重ねても努力は報われると思っているし、時間が限られる中で努力を続けていればむしろ成功のための競争相手が限られているからある種成功し易いとも言える。だからむしろ歳を取ってからこそ努力をすべきであると考えている。

 

それを踏まえたうえで、40代の中年男性の「努力をすれば報われるか」との質問に、僕が「解らない」と答えるのは、40代になってその質問をするということが、つまり、それまでの人生でその中年男性が努力をしたことが無いということを表していると考えるからだ。努力することを知らないままに歳を取ってしまった人だということをその問いが意味しているからだ。

 

僕は、10代20代30代で努力できなかった人間が40代から努力を出来る様になるとは思えない。ましてや50代60代でもだ。10代で頑張れなかった奴は20代でも頑張れないし、30代になればもっときつい。時間的にも体力的にも。そんなことを解っていながら頑張ってこれなかった奴が、40代で頑張れるとは思えない。努力の意義や、努力を経て成功・準成功することの喜びを知らない奴が、時間的にも体力的にキツイ状況で、人一倍努力できるとは思えない。

そんな人に対し「努力は報われる」なんて答えることは無責任だし、逆に「努力は報われない」なんてことをいうのは残酷だ。というかそんな人には関わりたくもない。

 

最後に、勘違いしてはいけないこと。

努力にはポジティブなものとネガティブなものがあるということ。

1.成功のために耐えて鍛錬する状況に身を置くこと。(ポジティブ)

2.過去の努力が足りなかったために苦しい状況に身を置くこと。(ネガティブ)

 起業するために色々な困難を乗り越える時期は1だし、ブラック企業に就職し夜分遅くまで労働しているのは2かもしれない(もちろん企業の法律違反は断固否定する)。2の状況を1と混同してはいけない。2をしているのに報われないなんてことを考えるのは滑稽そのものであって、過去の努力不足を補うため正しいベクトルで人一倍努力し続けなければならない。そうしているうちに1のステージへと舞い戻れ、そこからが成功に向けた努力の始まりなのである。

なぜ、あなたの話はつまらないのか?

なぜ、あなたの話はつまらないのか?


他人のことより、自分のことが全く解らないからブログを書くのです

今週のお題「私がブログを書く理由」

 

「ブログとは」そんなことを考えると僕はいつも頭がこんがらがってしまう。僕は人前で何かを表現することが苦手だし、出来るだけ現実世界では目立ちたくないと思っている。正確に言うと、たわいもないことで目立ちたくはないけれど、いつか真に凄いことを成し遂げた際には目立ちたいとも思っている。世間様が僕の何かを褒めてくれても「そんなことで浮かれて顔を赤らめることは滑稽だ」と自分で自分をたしなめてしまう。「上には上がいるのだから世間の評価を間に受けたら近い将来恥をかくことになるぞ」と。自分で言うのは変な話だけれど、その点、僕の自己承認に対するハードルは世間一般よりも高いのかもしれない。

 

歳を重ねて思うのは「自分のことは自分が一番よく解る」なんて言葉がまったくの嘘だってこと。他人の深層心理は若かりし頃より解る様になってきていて、他者の言動や行動が自分の理想から外れたものであっても、どうして他者がそんなことをしたのかの想像が付くから大概のことには目をつぶることができる。それを世間的には「思いやり」と言ったり、悪い部分にフォーカスして言えば「諦め」と言ったりするのだけれど、その反面、自分のことは相変わらず良くわからない。なぜくだらないことで悩んでしまうのかとか、なぜ些細なことに苛立ってしまうのかとか、感謝の気持ちを表することに照れくささを覚えてしまうのかとか、自分自身への不甲斐なさが染みる。取るべき正しい選択が解っているのに、幾つになっても理想どおり対応出来ない自分に辟易することがある。

他者に対しては許したり、諦めたり、いずれにしろ寛容になってきているのに、自己への評価基準は北島康介が五輪出場を逃した際に注目された派遣標準タイムと同じく、日々刻々と高まっている。他者へのそれとは反比例に。

 

ただ、視点を変えると僕は僕自身を過保護にしている場合があることに気がつく。例えば、他者が些細な成功を収め賞賛を受け喜んでいる時、僕は「そこまでの成功ではない。そんなことで喜んでいてはそのうち足元をすくわれる」なんてことを考えるときがある(もちろん表には出さない)。この時、内面では、僕は僕自身の自己承認のハードルが高いことを賛美し、逆に成功し喜ぶ他者を相対的に低く評価している。自分自身のハードルが高いのに、自分自身の評価が高いという状態は一体なんなのだろうか。自分なんてまだまだと卑下しつつも深層心理では自己を承認し、正当化している自分がいる。それに気が付き、相対的に他者を低く評価していたことを反省し自分自身を戒めたりもする。

 

若者にある思い切りの良さを失った僕には慎重さが備わり、その慎重さや思慮深さは今の僕の売りでもある。若い頃の僕よりも今の僕は成長していると思うし、何に挑戦するにしても成功の可能性は自分史上では過去最大だと思う。ただ、自己承認のハードルは同速度もしくはそれ以上の早さで高まってきていて、もはや胸元にまで迫ろうとしている。ハードルの高さを慎重に見極めることは成功を収めるうえでとても大切なことだけれど、結局はいつかどこかで自己を承認しジャンプしなければハードルを飛び越えられるタイミングは永遠に訪れない。他者と自分を相対的に見比べることもまた大切なことだが、今の僕がしがちな「僕と他者の比較」は僕自身がいつまでもジャンプしないことを正当化するための手段でしかない様に思われる。つまりそれは自分自身のハードルを高くしているという様なかっこいい例えが似つかわしいものではなく、失敗を恐れいつまでも飛び出せないで足を震えさせている自分の存在を認めたくないが故、他者を出汁としているだけに過ぎず大変にみっともないことだ。

 

 

 

自分に厳しい俺カッケー。

 

えぇ、自分を褒めたい時、僕はブログを書いている。

 

通勤中のブロガーに読んでほしい清く正しいネット社会のこと

世の中には3種類の人間がいる。金持ちと、天才と、凡人だ。
それら3種類の人間それぞれが可能な限り自分たちが住みやすくする為に駆け引きをする社会において、金もなければ才能もない凡人が意見を反映するには数の力で勝負をしなければならないのだけれど、凡人の一部がインターネットを通じて自分が天才だとか、金持ちになれると大いに勘違いしてし始めている。(さもなくば天才か金持ちなはずの僕が僕を凡人だと勘違いしている。)
ネット社会で意識高い系がバカにされる様になって早何年が過ぎただろうか。バカにされてきた割に意識高い系が未だにスタバやフェイスブックやブログの世界に蔓延っているということは、凡人の枠組みの中でにおいて、意識高い系になりたい奴が実は多数派で、意識高い系を冷めた目で見ていた僕の様な意識低い人間が少数派だったということなのだろうか。

社会悪という言葉がある様に世が回るには一定程度汚いものが本来必要とされる。その汚れを無くすことで生じるカオスを防ぐためにも、先人たちは「必要悪」という実に気の利いた言葉を作り世を巧く動かしてきたのだが、昨今のネット社会においては悲しいかな押し売りと言えるほどのポジティブシンキングが目立つ。言葉どおり必要であるはずの「必要悪」ですら邪険なものと軽蔑されがちで、自己啓発本をコピペしたかの様な勘違いブログとそれを盲目的に称賛することで自分も高尚な人間側に回れると勘違いした人たちがウェブストリームを真っ白な洗剤の泡で埋め尽くしていく。

川が茶色いのは川底の泥(そこには生物もいる)が水流で削れているだけなので、僕としては茶色いことは気にしないのだけど、それを綺麗にしようとして洗剤を川に流し込む人がいれば迷惑だと声をあげるのは僕にとって正義だ。しかし逆に「注意するとは何事だ」と大声で避難された僕は、この人に何を説明しても時間の無駄だと考えてサイレントマジョリティへの仲間入りをしてしまう。

話し合えば分かり合えるなんてことは夢想家の詭弁だということは歴史が証明している。ニュースに流れる国際情勢からも見て取れ、人の命が関わる外交ですらそうなのだから、ネット社会における相互理解なんて言うまでもない。解らない人には解らないのだから交わってはいけないというのが正しい選択だ。表面的な多数派がネットの世に蔓延る今、この胡散臭いポジティブシンキングを僕は受け入れ、全員が将軍様を尊敬しているかの様な美しいネット社会の一員になってしまえばいいのだろうか。そうすれば少なくとも「痛い人たち」に絡まれることはないのだけれど、資産家とそれにコントロールされやすい薄っぺらくて能力と所得の低い意識高い系に侵食され、平穏で非交戦的な僕の現実世界の領土までもが気付かぬうちに浸食されてしまうのではないかと社会派な僕は心配になる。

この様なくだらないネット社会で僕が嘘をつき仲良しこよしで過ごすことは簡単だ。顔をあわせることもなく、気の利いたお世辞と綺麗事くらいはいくらでも思いつく。ただ僕はネット社会でしょうもない人の支持を集めるために媚びるほど恵まれない人生を過ごしていない(朝のホームで◯んこをちょっぴり漏らした瞬間を除く)。そんな態度の結果、僕のブログは閑古鳥が鳴いているけれど、それは僕が同じ様に媚びないからだ。ブログの内容が拙いからなんてことは絶対に無い。きっとそうだ。そうに違いない。そう思わないと辛い。あぁ神様。

このブログを読んで不快になった人もいると思う。ただ、この文章の多くは僕の本心では無く、ただの通勤中の暇つぶしのために書かれた自分で何を言ってるかもわからない散文に過ぎないということを肝に銘じて欲しい。ブログなんてこんなもんだ。真剣にユーモアなくコメントしてくる人の気が知れない。
読み返しもしない適当な文章故に読解するのには時間を要し、あなた方の通勤の時間つぶしには役立ったのではないだろうか。それならば幸いである。

詭弁論理学 (中公新書 (448))

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互助会知らなかったで済んだら警察なんていらねーんだよ

「知らなかったで済んだら警察なんていらねーんだよ」っていう言葉は、本当に知らなかった人に対して言ってるセリフではなくて、知らないふりをして罪を逃れようとする人間を追い込むためのセリフである。

 
世間的に良くないことを散々やって、そんなつもりはなかったとか、ネットの世界のルールもよく知らなくてとか、白々しいことをひょうひょうと語り表面上を小綺麗に見繕うことを当たり前の様に出来てしまう人間が僕はあまり好きではない。ましてや白々しい態度をとるだけでは足らず、「ネット上の社会悪への批判」というある種の正義に対し、「互助会なんて知った事じゃねーよ」などと強い口調で挑発をするなんて是外道。一般にはピュアなふりをして、批判する人間には唾を吐くどこぞの政治家の様なズルい人間が僕は嫌いなのだ。
 
「ネットの世界のルールもよく知らなくて」が事実かどうかはこの際大して重要ではない。(というか、ネット上だけでは収まらない返報性の原理を大の大人が知らないわけがないだろう)。
知っていようが知らなかろうが、事実として不特定多数の相手に股を開くことにより、その見返りとして自分の価値を高めのし上がってきたことは慨然たる事実なのである。「結果的に1000人の人間に股を開きましたが、1000人全員を愛していただけです」などということを言っても、誰もがそんなわけはあるまいと考えるのが当たり前。
これはつまり、多くの猛者男たちに支えられ人気となったグラビアアイドルがドラマに出始めた途端に水着NGと言い大物女優ヅラしている様なもので、そんな裏切り行為は見ていて滑稽だし決して気分のいいものではない。なんとか引き続き若者たちに夢とエロスを提供して欲しい。
 
話を戻そう。間違えないで欲しいのは、僕は今回、別に互助会自体を否定したくてこの記事を書いたわけではない。もちろん互助会自体に対して良い思いは今のところは無く、僕は可能な限り避けたい手段だとは思っているけれど(不人気ブロガーな僕もいずれ手を染めるかもしれない)、やりたい人はやればいい、やる人の自由だとも思っている。
 
僕がこの記事を書いたのは「互助会的なことをしていた」、もしくは「結果的にその状態だった」という事実があるのにも関わらず、「ネットの世界のルールもよく知らなくて」とか「見たもの全てが面白くて」の様な脳みそお花畑なことを大の大人がのうのうと言い放っていることが気に入らなかったからだ。そんな稚拙な薄っぺらなフィクションで知らなかったを通そうとしていることが気に入らなかったからだ。そんな記事が人気なとこを僻んだからだ(主にここだ。つまりただの僻みだ)。
そして、お花畑でファンシーなムードを醸す一方で自分を否定する人間に対しては牙をむいていることが気に入らなかったからだ。
 ウェブ上のどこぞの誰だか知らない人の言動に腹を立てることはあまりに馬鹿げている、というか大して腹も立ってはいないのだけれど、ネット上のくだらない行動はもちろんある種のパブリックにあるものなので批判するのもまた自由だと考える。

あなたの過去を知っている人間がいる限り、あなたが多くの人間に股を開いたという過去は消えない。その見返りによって多くの異性と突き合えたとしても、その陰でサセ子ちゃんというアダ名が付いて回るのは当然のことであり、「全員を本気で愛していた」なんてことを言っても滑稽でしかないし、「サセ子とか言ってるやつ馬鹿なの?」と逆ギレすれば当然反感も買うし、人を不快にもする。
 
僕が言いたかったのは、この記事を見たうら若き乙女たちは貞操を大切にして欲しい。AV女優はタレントになってもエロスから逃げないで欲しい。女優として売れた途端にグラビアやめるなんてことは言わないで欲しい。それだけだ。 

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